体罰は必要悪?体罰を7年間受けた子の話&虐待を受けた子の話 | いまニホ

体罰は必要悪?体罰を7年間受けた子の話&虐待を受けた子の話

体罰は必要?悩み・スピリチュアル

◯子どもが悪いことをしたら体罰も必要なんじゃない?

今日はこんな方向けの記事です✨

こんにちは。

管理人のしの(@sino_sinmama)です。
しの
しの

私は子供の頃、7年間ほど体罰を受けて育ちました。なので今回は子どもの立場から、体罰が必要か必要じゃないか、それをお伝えしますね。

時代が変わっても体罰の是か非かは論議に上がります。

最初に私の考えを伝えておくと、

体罰はいらない

そう思っています。

なぜなら無意味だから。

その理由も含めて

◯体罰を7年間受け続けたしのの体験
◯人の心に真に届くもの
◯虐待を受けた子どものその後

ちょっとモリモリの内容でお届けします…!

※この記事は、私が可哀想と訴えたり、両親の育て方を批判するものでは有りません。体罰の是か非かに対する私の一つの答えをお届けしています。
※今回の体罰は、幼い子どもに対する親の体罰についてです。他の体罰には言及してないので、ご注意ください。

※時に子供のことを、叩くことがある…という親御さんもいると思います。
今回の記事のテーマはそういった一過性な体罰ではなく、かなりの回数、期間に渡って行われた体罰について書いています。

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体罰を7年間受け続けたしのの体験

しのの体罰体験を以下の流れで説明します。

  1. 私が体罰を受けた期間と理由
  2. 盗みの始まり
  3. 体罰の内容
  4. 止まらない私の盗み癖
  5. 私の盗み癖が止まらなかった理由
  6. 盗み癖がある日突然、終わる

私が体罰を受けた期間と理由

しの
しの

私が父から体罰を受けていたのは

7歳~14歳の間。

体罰を受けた理由は、私に

盗癖

があったから。

盗癖というと、盗むことに快感を覚える精神障害もありますが、私の場合は完全に違います。

とにかくお菓子やおもちゃが欲しかった。

なぜなら、常にひどい枯渇感があったからです。

愛情に飢えていましたが、この記事の主題ではないので、ここでは詳しく書きません。

でも…盗みクセがあったら、体罰を受けて当然じゃない??

うん、私も自分の子どもがそうだったら、ひどく苦しみますし、こんな子どもはヤダって思うかもしれない。

私は両親をひどく苦しめた、加害者そのもの。

だから、

悪いのはアンタなんだから、叩かれて当然、

悪いことをしたら、厳しくしつけないといけない。

その考え方に至るのも十分理解できます。

でもね、それでもやっぱり、体罰では解決しない問題だったんです。

盗みの始まり

私の盗みが始まったのは、小学校1年生の時

お金を持っていけば、好きなものが買える。

それは非常に魅力的でした。

普段からおもちゃやお菓子を買ってもらえず、何かを欲しがっても激しく非難されます。

いつの間にか、私は親に甘えられなくなってました。

しの
しの

お父さんとお母さんに言っても怒られるだけだから、こっそりお金を持って買いに行けばいい。

本当は抱っこや甘い言葉が欲しかったのだと思います。

でもそれがもらえない。

だから、その代わりで、モノに求めるようになりました。

始まりは、父にスーパーでのおつかいを頼まれた時。

私はコッソリ100円の折り紙を一緒に買い、レシートは捨てて、父にお釣りとおつかいの物をわたしました。

でも子どもの浅知恵なんて、すぐに気づかれます。

父

100円足りない。レシートもない。探してこい。

父の追求は止まらず、私は仕方なく捨てたレシートと折り紙を出しました。

父

オマエのやってることは犯罪だ!根性を叩き直してやる!100回謝れ!!

父から怒号を受けながら、私は100回土下座をしました。

その時、私の友達も一緒にいたので、非常に恥ずかしい思いをしたことを覚えています。

ただ、一回目なので、叩かれることはありませんでした。

悪いことをしたのも、盗みは犯罪というのも、十分に分かっていました。

でもね、私の盗み癖は止むこと無く、ここから7年続くことになります。

体罰の内容

二度目からは、家のお金を盗むようになりました。

両親は自営業で、お金の管理がズサン。

無造作に置かれたお金を、コッソリ持っていきました。

でも私が見慣れないおもちゃやお菓子を持っていたので、すぐに盗みがバレます。

2回目からは容赦なく手が出ました。

父

てめぇ!!ふざけてんじゃねぇ!!!

バッチーーン!!!

父はキレるタイプで、怒鳴りながら何度も平手打ちをされます。

実はこの辺りの記憶が曖昧です。

ひたすら恐怖に耐えていたと思いますが、記憶がとぎれとぎれで、うまく思い出せません。

体罰が終わって泣いてる私に、母は心底蔑んだ目を向けながら、こう言っていました。

母

あんたが悪いんだからね。叩いてるほうが辛いんだから!!

部屋の隅っこで泣きながら、私は次第に両親を憎むようになりました。

止まらない私の盗み癖

激しく怒られ、恐怖を感じているのに、暫く経つと私はまたお金を盗んでしまいます。

やってはいけないことというのは、父の態度を見ても十分に分かっていますが、自分の行動を止めることができませんでした。

小学校高学年になるにつれ、両親を激しく憎むようになった私は、父親にふてくされた態度を取るようになります。

父

父親に向かって何だその態度は!!バカにしてんのかっ!!!

そのたびに父から怒鳴りつけられ、髪を引っ張られたり、熱いお茶をぶっかけられたりしました。

お父さんもお母さんも、もういらない

いつの間にかそんな考えで支配されるようになりました。

毎日子供が寝静まると、父と母は私の荷物を欠かさずチェックしていました。

怪しいものが見つかったら叩き起こされ、お説教と体罰です。

当然といえば当然ですが、常に監視をされるようになり、母の過干渉も拍車がかかりました。

私の盗み癖が止まらなかった理由

盗み癖が止まらなかった理由は、現在の私には明確に分かります。

愛着に問題があった私は、幸せホルモンであるオキシトシンが不足してました。

そのせいか、子供の頃はやたらとぬいぐるみを欲しがったり、ペットを飼いたがりました。

※オキシトシンは肌で触れ合うことで増えます。ぬいぐるみやペットの感触でも増やすことができます。

さらに安心感が得られるセロトニン

常に怒鳴られる環境だったので、こちらも足りてないと容易に予測できます。

これらの幸せホルモンが足りないと、人は攻撃的になったり精神疾患を抱えやすくなります。

しの
しの

私の仮説ですが、幸せホルモンが少なかった私は、おもちゃやお菓子を手に入れることで、足りないホルモンを補おうとしてたんじゃないかと。

おもちゃやお菓子が手に入ると、快楽ホルモンのドーパミン、脳内麻薬と呼ばれるエンドルフィンが分泌されます。

一時的な多幸感に満たされるので、それを味わいたくて、私は盗みを続けていたという仮説がたちます。

もしこの仮説が正しいなら、

父が行っていた体罰は、

愛情が欲しかった私には逆効果。

体罰を受け不安定になった私は、さらにお金を盗むといういたちごっこに陥ります。

これが7年も続いてしまった理由だと思っています。

盗み癖がある日突然、終わる

そんな7年も続いた私の盗癖。

それが突然終わります。

中学生になった私は、初めて万引をして捕まります。

私が通っていたのは有名私立中学。

もしバレたら退学になる。

さすがにまずいな…と思う一方で、もうどうでもいいやって気持ちでした。

警察にいると、母が迎えに来ました。

初犯ということで、学校への連絡は無し、お咎めなしになりました。

警察の方が「寂しくて万引をしてしまう人もいるんですよ。」

そう言った時、母がいつもの蔑んだ目で私を見ました。

根っからの悪人を見るような目つきでした。

しの
しの

そりゃそうだよね…。

すべてに諦めきっていた私ですが、さすがに父に怒鳴られたり体罰を受けるのは苦手です。

憂鬱な気持ちで家に帰ると、父が仕事を中断して待っていました。

しの
しの

今日はいつもよりひどいかもな…。

覚悟して父の前に座った私に、父はたった一言だけいいました。

 

もう……すんなよ……。

絞り出すように言ったあと、父は静かに泣きました。

初めて見る姿でした。

 

心が壊れかけてた私は、そんな父を見ても何も思わず、ただ人形のようにボ~ッと見ていました。

でも……

その日を境に、私の盗み癖はパタリと無くなりました。

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なぜ体罰は必要ないのか~人の心に真に届くもの

私の体験で分かる通り、数多くの体罰では止まらなかった盗癖が、たった一回の父の涙で終わりました。

これはなぜなのか。

感情には実は二種類あります。

それが、一次感情と二次感情。

一次感情は悲しみや苦しみなどのネガティブなもので、自分が感じてる本当の感情。

二次感情は怒りで、一次感情が原因で生まれる感情。

人はもともとは悲しみや不安を一次感情で感じていますが、感情として表出するのは怒り。

本当は悲しみや不安を感じてるのに、瞬時に怒りに変わっちゃうんです。

私の父は、私が盗みをするたびに

  • 娘が盗みをして苦しい
  • 娘が「もうしない」という約束を破って悲しい
  • 娘の将来が不安だ

本当はこんな感情を抱いていました。

でも、悲しいという一次感情には気づかずに、瞬時にキレてしまった。

激しい怒りを爆発させた父は、私を怒鳴り叩く。

怒りで私をコントロールしようとしたんです。

でも本当は、

父は悲しくて不安で、心配だったんですね。

そして、怒りという二次感情は、その人が感じてる本当の感情ではないので、ぶつけても他人の心に響きません。

人の心に真に届くもの…

それは一次感情、

その人の本当の心です。

本当の感情が届いた時、初めて人は心を動かされます。

これは体罰だけの話ではなく、人間関係のあらゆることに当てはまります。

相手が分かってくれない

そんな時、あなたはあなたの本当の気持ちを、包み隠さず伝えているでしょうか。

本当の感情を伝えるのは、とても勇気がいることです。

でもね、暴力や怒りでは人の心は動かない。

あなたの飾らない本当の心が、相手の心の奥に届き、心動かされるのです。

これが7年も続いた私の盗癖が終わった理由です。

だから私は、体罰は必要ないと…そう思っているのです。

あなたはどう思われますか?

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虐待を受けた子どものその後

時々このブログでお伝えしてますが、

私はこの世から虐待が無くなってほしいとそう願っています。

それは自分が体罰を経験してるから…というのもあるから。

でもね、虐待は、私が受けた体罰なんて及ばないくらい、過酷で残虐なものです。

虐待を受けて生き残った子どもたちを、虐待サバイバーと呼びます。

虐待サバイバーの方は、成長したあとも様々な症状に苦しんだり、生きにくさを抱えます。

なぜかというと、虐待を受けることで、脳の発達に何らかの障害を受けてしまうから。

この本などに詳しいです。

親から受ける暴力・暴言・無視は、簡単に子どもの脳を傷つけてしまう。

脳科学的に見ても、通常の成長をした子どもに比べ、大きなハンディキャップを負っているのです。

虐待ほどではない、体罰を受けた私でさえも、長年、離脱症状に苦しみました。

虐待を受けた子どもは大人になって、虐待の連鎖を起こしたり、精神障害に悩まされたりします。

でも…全員が全員そうかというと、違う成長を見せる方もいるのです。

今年に入って、私はTwitter経由で、ある一人の女性と知り合います。

彼女の名前はaoyaさん。(@aoya35037387

まだ会ったことはない、SNSのお友達です。

彼女は私と同じシングルマザーで、今は娘さんと一緒に暮らしています。

とても明るくてユーモアがあって、私は一発で彼女が好きになりました。

彼女もまた、虐待サバイバーです。

幼少期の経験は、彼女のアメブロで詳細に分かります。

私とは比べ物にならないくらいの、過酷な環境で育ちました。

ブログ記事一覧|破天荒シンママaoyaの履歴書 底辺人間から這い上がる

彼女の父は、彼女を怒りと暴力で支配しようとします。

そんな父への不信感を、aoyaさんはどんどん募らせていきます。

親は厳しく躾けて子供の反抗的な部分とか、成績とか直そうという気持ちだったのかもしれませんが、全くの逆効果です。
親への信用も愛情もどんどんなくなっていきます。
子供は親へ無償の愛を与えてくれる?
答えはノーです。
どんなに子供のためと思って、厳しく躾けても、そこに愛情を感じられなければ、子供の気持ちもどんどん離れていきます。

引用:「恐怖の夜」より

私が親を憎んだように、彼女もまた、親を憎んだのかもしれません。

でもどんなに暴力的な親でも、子どもは親が用意した環境に、適応せざる得ません。

他の選択肢なんてない。

どんなに過酷でも、そこで生きるしか選択肢が無いんです。

「親への信用も愛情もどんどんなくなっていきます。」

そう語る彼女は、何度絶望したのでしょうか。

私には想像すらできません。

もしかしたら、今でも昔の記憶で、苦しんでるかもしれない…!

 

でもね……不思議ですが、

絶望に見える彼女のブログから私が感じるのは

希望

むしろ

彼女の存在そのものが、希望の光です。

虐待からの解放

それはきっと、aoyaさんと接したことある人なら

感じたことがあるのではないでしょうか。

彼女の明るい生き方は、つらい過去を微塵も感じさせないくらい、凛として清々しい。

体罰も虐待も、その子の人生に暗い影を落とす。

でもそこを乗り越えることができることを、彼女はいつも私に教えてくれるのです。

よかったら、aoyaさんのブログを読んでみてください。

ブログ記事一覧|破天荒シンママaoyaの履歴書 底辺人間から這い上がる

虐待表現のある記事は、

切なくなるほど心が痛みます。

でも、飾り気のない彼女の言葉は、きっとあなたの心の奥に届きますから。

読んでくださってありがとうございます。

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